佐賀城(2022.6.17)

福岡での学会を抜け出して、後輩とレンタカーを借りて、佐賀へ高速使って移動しました。全区間、私が運転しました。

ホテルの朝食バイキングでたらふく食べたので、お昼近くでしたが先に登城してしまおうということになりました。お城近くのパーキングに車を停め、いざ登城。すでに立派な石垣が見えています。

鍋島直正像の前をお通り、なぜか城の西側の天守台の奥の方の入り口から入り、表示板の写真をとりました。

 

そして、天守台に続く石垣を堪能。

 

 

そして鯱の門を観ます。現在の門は、天保6年の大火災のあとに再建されたもの。門の表の上部には「佐賀の乱」で反乱軍が打った鉄砲の弾痕が残っています。

さて、その後は平成16年にできた本丸御殿に入ります。

玄関から手動の引き戸を開けてなかに入ります。なんだか

靴を飲み屋に設置していあるような靴箱に入れて、「ごめんくださ〜い」という感じ。

正面には甲冑や刀が飾ってあり、その脇でモニターがありなにか説明しています。

左奥のほうが、有名な45mの畳の北廊下。

毎日の掃除が大変そうです。

 

コロナ対策で、左の障子のところどころが開いており、そこから石垣が見えます。

 

この障子の窓は雨や台風のときはどうしているのでしょうか?

昭和62年から平成4年まで佐賀で生活していた私は、佐賀の容赦ない降雨をしっているので、

余計な心配をしてしまいます。

 

御所書院は閉館中。

天保期からある御座間の鍋島直正の人形に恐れをなしました。

窓から外を見ると地面には、元あった御殿屋敷の設計図が地面にかかれています。

さらなる復元建築を狙っているのでしょうか。隣からは佐賀大附属小の校内放送が流れてきます。

 

玄関近くで弘道館の展示があったので、大隈重信の「南北騒動」の話を聴き、一晩中喧嘩をするような感情コントロールのできない人がよくその後偉業を達成することができたなあと不思議に思いました。

 

最後は天守台を見学。昭和の時代まで、ここに建物が立っていたらしいです。天守と勘違いするということで撤去されたようですが。

 

天守台より西側土塁石垣を観ます。

 

天守台の入り口。

 

ということで、佐賀で生活しているときには一度も行かなかった佐賀城を観てきました。

その後も佐賀に行ったときよく泊まったホテルニューオータニから見えるお堀がきれいなので、一度は行こうと思っていました。行けてよかったです。

 

【データ】

別名 栄城、沈み城、亀甲城

城地 平城

築城年代 慶長13年(1608年) 享保11年(1726年) 天保6年(1835年)

築城者 鍋島直茂・勝茂、鍋島吉茂、鍋島直正

主要城主 鍋島氏